【小説】ブラックスワンメディケーション第6話「第1章:基礎から学ぶミュータント入門⑤」

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「——てなわけで、今回の双海君の仕事はこの事件の捜査をすること。死体は研究所にあるからいつでも——ってどこ行くのよおっ。人が話してるのにもうっ」
「待て。何か騒がしくないか」

 俺は頬を膨らませた静子を制し、ベランダへから外へ出ました。もうすっかり真っ暗だ。痛いくらいの冬の冷気。高層階だから風も強いです。
 いつも寝る前はここから駅前の夜景を楓と見ることにしているんですけど、この時はいつもと様子が違っていました。やけに赤いライトが目立。すぐにパトカーと救急車のランプの色だとわかりました。

「さっむ。中入ろうよ」静子も後からベランダに出た。「え、何? 事件かな?」

 噴水広場の辺りに多数の人影が動いていた。しかし、遠目では何がどうなっているのかよくわからない。降りてみようかと考えたその時でした。

「あ——、え、うえっ? キリンッ?」

 静子が意味不明な言葉を口走り、必死で下を指してます。

 キリンって、あの首の長い、サバンナとかにいるキリンのことだろうか。まあ、それ以外の意味を思いつかないわけですが……。

 てか、こいつどこ指してんだよ。暗過ぎてわからん。眼鏡してないのに目がいいなぁ。

「ねえほら! あれ! キリンだって!」

「落ちつけよ静子。岐阜は田舎だからキリンぐらい出るさ」

「出るわけあるかっ! ちょっと待って。しかもキリンのあの顔、まさかヒトの——」

 そこでようやく俺の脳は細長いシルエットを認識した。

「……ホントだ。え、キリン?」

「だからキリンだって!」

 ルビンの壺みたいなものだ。一度認識してしまうともはやそれにしか見えない。街灯のひとつだと思っていたそれは、明らかに動いていました。

 さらに遅れて静子の言葉を認識する。

 まさかヒトの——顔をしているというのか?

 ブラックスワンの回避法なんてない。意識の高いお前は、いつか必ず直撃を食らうだろう。ククク、じゃあどうするかって? それはな——。 

 あの人の声がリフレインする。

 ずっと押し込めていたのにも関わらず、指の隙間からするりと漏れる。

 うるせえ。裏切り者が。やはりアンタか?

 だったら確かめてやる! 

 激しい憎悪が俺の身体を突き動かします。

「静子、飛ぶぞ。『ウイング』だ」

「え? いやいやいやいや! ここ四十五階じゃなかったっけ? ウイングあんまり上手くないし!」

「違う。四十二だ」

「誤差の範囲じゃないッ?」

「もういい。んじゃ掴まれ」

「ええええ! 待った! 私はエレベーターで降りるから先に行っててぇ!」

 一向に覚悟を決めない静子を、俺の方から掴みました。

「きゃ。やだやだ降ろしてっ」

 柔らかい腹部に顔の側面を押し付け、尻に腕を回すと、ベランダに足をかけます。

「じっとしてろよ」

「待ってぇ! 私スカートひゃ——」

 そしてそのまま宙へと身を傾けた。

 人間本当にびっくりすると声も出ないんですね。バタバタと風でスカートが大きくはためき、重力は俺たちと地面を超スピードで引き寄せます。

 がっしりと頭を抱きかかえられ前が見えないが問題はないです。

 ここでウイングを展開。

 バサッと逆向きの風圧を感じ、落下速度が減少する。ウイングとは、ハンドと同じくメディアの使い方のひとつ——羽根を形成して浮遊する能力のことです。

 何回か羽ばたいてホバリングし、調節しながらゆっくり降りていきます。やはり二人分だと重いな、とかいうと怒られちゃうんで言いません。俺は賢いからね。

 地面まで数十センチのところでウイングを消す。見事に百五十メートルのダイブを着地成功です。もちろん保険としてメディアで「ロープ」を作ってベランダに結び付け、命綱にしてました。こんな感じでメディアには色んな使い方があるんですよ。

「ちなみに鳥は羽ばたきの反作用で空を飛んでるわけじゃないんだ。羽ばたく理由は主に前進するため。整流効果っていって、羽ばたくと上部に真空状態ができて、それに吸い上げられることで揚力を得ているわけで。だからまずは揚力を得やすい翼の形状を、鳥や昆虫何かを参考にしてメディアで形成するところから始めるといい。ポイントは身体に対して大きめの痛っ——何故蹴る?」

 目が点だ。ウイングのコツを丁寧に教えてやったにも関わらず、太ももに渾身のローキックを喰らっちゃいましたよ。
 
「馬鹿っ! ああ、もう絶対パンツ見えたぁー。双海君のせいだからね!」

 そう言ってすたすたと噴水広場の方へ歩いて行く静子の後を、足を引きずるように追いかけました。しかし、エロイサさんは何で静子って名付けたんだろうか。ホントはあんま静かじゃないぞ、こいつ。

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