【小説】ブラックスワンメディケーション第4話「第1章:基礎から学ぶミュータント入門③」

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 ピンポーン。

 おっと、ちょうどいいタイミングでインターホンが鳴ったんで、キッチンにあるモニターへ向かいます。一階のエレベーターホールで部屋番号を押すと、その部屋につながるようになってるんです。

 あ、やっぱ静子ですね。時刻は五時半。ちょっと遅刻気味です。珍しい。

「真理ちゃん?」

「ああ、ちょっと玄関まで迎えに行ってくる」

 俺はエレベーターホールの自動ドアを開けてやると、リビングの楓にそう告げて、玄関にてしばらく待機。まもなくこのフロアに上がってくるでしょう。

「おーっす。あれ、眼鏡は?」

 廊下の曲がり角から姿を現した静子は、俺の指摘に一瞬歩みを止めるも、再び澄ました顔で歩き出しました。コート&マフラーと防寒対策はしているものの、それでも身を縮めて寒そうです。両手には鞄と雑貨屋の紙袋が握られてます。

「久しぶりだね、双海君。そろそろ学校来なよ」
 真面目な奴だなぁ。久々に会って言うことがそれか。

 俺はワイシャツの胸ポケットからあらかじめ用意しておいた眼鏡をかけて、静子の声色を真似てみました。

「久しぶりだね、双海君。そろそ——」

 が、言い終わらないうちに肩をばしっと叩かれます。

「似てないって言ってるでしょ! 大体もうコンタクトにしたし。毎回やらないと気が済まないの?」

「楓にはウケてるんだけどなぁ。つか、眼鏡キャラなのに眼鏡捨てていいの? いつものメイド服も着てないし。エロイサさんが知ったらしょんぼりするぞ」

「学校帰りだもん。制服に決まってるでしょ。それとも私のメイド服見たかったの?」

 俺は真顔でうん、と頷いてやりました。

「あーはいはい。もういいですよ。それより寒い。早く中に入れてよ」

 面倒くさそうな静子を招き、玄関の鍵を閉めます。安定のやりとりに大満足です。

 彼女は静子こと西野真理(にしのまり)。俺の数少ない友人の一人で、同じ十桜学園の同級生です。そして、黒十字会の連絡員でもあります。序列は持っていないし、ミュータントエナジーも使えないんですけど、ミュータントではあるのでメディアは使えます。

 さっきの両手いっぱいの荷物もハンドを使えば楽だなって思うんですけどね。感性が人間よりなんでしょうね。メディアを使うって発想がない。あ、それか今飲んでもらってる薬の副作用かもしれないですね。

 ちなみに「静子」って言うのは、コードネームみたいなものらしいです。らしいですっていうのは、静子のボスであり、俺より遥か上の序列四位、桐山エロイサさんの趣味みたいなんでよくわかんないんですよ。

 エロイサさんは、黒十字会の中での連絡員としての組織、「黒猫メイド隊」のメイド長で、そこに所属する黒猫メイドに「○○子」とか、最後に「子」をつけて呼んで可愛がっているんですって。

「ふわー、あったかーい」

 静子がファンヒーターの前にしゃがみ込んで恍惚の表情を浮かべてます。俺はコートとマフラーを受け取り、ハンガーで壁にかけてやりました。

「ククク、ファンヒーターじゃなくて俺が温めてやろうか? 人肌でな」

「あ、楓ちゃんお邪魔しまーす」

 華麗にスルーされちゃいました。完全に滑っているのでネタ用の眼鏡を外し、ケースにしまいます。しょんぼりです。

「おお、真理ちゃん。どぞどぞー」

 とりあえずそのまま十五分ぐらい、テレビを見つつ、リビングでゆったりと雑談をしました。女子同士積もる話もあるだろうから俺も付き合ってましたけど、お菓子と紅茶もなくなってきたし、適当なところで止めないとエンドレスなんで、そろそろ本題に入ろうと思います。

「悪い楓、ちょっと外してくれるか?」

「はーい」

 素直に従う楓。いつものことだけど、少し罪悪感があります。

「ホントごめんな。ごめん」

「ううん。いいの」

 頭を軽く撫でてやると、楓は嬉しそうな顔を見せて部屋を出ていきました。そして、俺は静子と二人、隣の書斎のデスクに並んで座ります。

「さて、静子。やろっか」

「相変わらず仲いいなぁ。いつもあんな感じ?」

 さっきの様子を見ていた静子が、少し呆れたような口調で言いました。

「普通だろ?」なんたって妹だからな。「で、データは?」

「ああ、はい。これ」

 俺は静子から資料を受け取ります。A4の紙に手書きで日付、就寝時間、起床時間、気づいたことなどが書かれてます。実は、静子には新しい睡眠薬の臨床試験に被験者として参加してもらっていたんです。

 現在睡眠薬として市場に出回っている薬には大きく分けて三種類あります。

 脳の興奮を抑えるGABAの働きを促進する「GABA受容体作動薬」。これが一番多くて、構造の違いはあるけど、大抵の睡眠薬はこれに該当します。

 次に体内時計を整える「メラトニン受容体作用薬」。

 最後にオレキシンという覚醒物質の働きを阻害する「オレキシン受容体拮抗薬」。

 あっと、例外として市販のドラッグストアなどで販売されてる睡眠薬もありますが、「ジフェンヒドラミン」っていう本来かゆみ止めとか、アレルギーの治療に使われる成分の副作用である眠気を利用したものです。なので、ここでは除外します。

 もちろんこの三種類の睡眠薬はミュータントにも効果があるんですけど、ミュータント特有のメディアに注目して今回の薬は作られたそうです。「リプレス」っていうメディアの生成を抑える薬があるんですけど、それをいじって新しい化合物ができたらしいです。

 睡眠状態を記録したのは十一月一日から一月三十一日までの三ヶ月間です。十一月が服用なし、十二月が既に市場に出回っているゾルピデム、一月が新薬です。比較しないとわかんないからね。睡眠時間の測定には、脳波を測定する装置を使用しました。

 しばらくデータに目を通していると、十一月に比べて十二月と一月の方が睡眠時間が一時間半ほど伸びていることに気づきました。起床時間は同じだが、就寝時間が早まったことで、トータルとしての睡眠時間が長くなっているんです。寝付きの悪さが改善されている。やはり効果があると言えそうですね。ただ、効果はゾルピデムも新薬も変わらないように思えました。

 さて、ここからは口頭での情報収集です。

「中途覚醒はない? トイレとかで」
「お婆ちゃんか私は。ないよ。てか、それは普段からない。ただ寝つきが悪いだけ」

「生活習慣の見直しもした?」
「うん。帰ってからコーヒー飲んでたけど、止めてココアにしたの。ラベンダーのアロマも寝る前に使うようにした」
 アロマとは、意外と女子力高いですね。意外と、とか言うと怒られちゃいますけど。

「就寝前にスマホとか使ってる?」
「勉強終えて、寝る前は読書が黄金ルールですから。SNSもやってないしね」

「なるほど、確かに活字読むと眠くなるよな。本自体に催眠鎮静作用があるよな」
「それは双海君だけでしょ」

 ジトっとした視線を感じつつも、次の質問です。
「今悩み事は?」
「んー、まあ、特にないかな」
 薬に頼りきりにならずに生活習慣を見直すことが一番大事だ。ずっと飲むわけにはいかないし。自力で眠れるならそれが一番なのだろう。

 再びデータに目を落とす。気になるのはやはり一月二日から備考欄に散見される「メディア使いにくい気がする」という記載。
「やっぱメディアの使用は鈍る?」
「うん。心なしか上手くコントロールできなくなった気がする」
 そうか。もしそうだとするなら俺は飲めないな。仕事にならないですからね。

「気持ち悪いとか、身体かゆいとか、お腹壊すとか、そういうのは?」
「あんまり気にならなかった。多分ないわね」

 ふむ。GABA受容体作用薬であるゾルピデムと変わらないのであれば、あまりインパクトはないのかもしれない。いや、待て。リプレスからの派生だから、例えば寝てる間にメディアが無意識的に暴走してしまうようなミュータントに使えそうだな。

 寝つきをよくするのに加え、メディアの生成を抑える効果。これを俺の意見として付け加えて黒十字会に提出しよう。静子が帰ったら早速報告書をまとめようかな。今日中には終わるだろう。即断即決速攻がモットーなんでね。

「サンキュ。とりあえずバイト代。また何かあったら聞くよ」
 俺は引き出しに用意していた封筒を手渡した。中には三十万円が入っています。静子は大事そうに鞄の奥にしまいました。

「ありがと。これでまた本がいっぱい買える」

「本かよ。ブランドものとか買えばいいのに」

「いいよそんなの。双海君みたいに高級嗜好じゃないし」べーっと舌を出す静子。「じゃ、次は私の番。エロイサ様からの伝言です」一転して目を細めて真面目モードへ。「最近、奇妙な死体がこの辺で見つかってるって知ってた?」

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